近所のおばさんの死に思うこと

近所のおばさんが亡くなった。
肝臓を患って長く、他にも体に故障はあり、体調の優れない日々だったが、デイサービスなどには通っていた。
子どもの頃、お風呂に入れてもらったり、おばさん家の子どもたちと仲良く遊んだり、色々思い出はある。
近年では、肝臓の新しい治療法ができたよ、専門医に掛かって診ていただいたら、と新聞記事を持って説得に伺ったりもしていた。
段々足腰が弱ってきて、大好きな小学校の運動会やお祭りすら見学に行けなくなってきていた。
山車が家のそばを通る時、玄関に出て寄付を渡すことすらできなくなってしまっていた。
私が代わりに出してあげたり、神社へお札を買いに行ってあげたり、手伝いをしてあげたりもしていた。
前日まで元気そうで家に居て、突然高熱を出し、救急車で運ばれ薬石効なくそのまま安らかに亡くなったそうだ。
倅さんが家に挨拶に来てくれ、ありがとうございました、と頭を下げてお礼を言って下さった。
正式な近所ではないのだが、お通夜には喪服を着てお香典をあげてきた。
本客の近所の人たちは笑って過ごしていて、人はそんなものなのだろうな、と思った。
おばさんは誰にも言えないことを私には打ち明けていた。
貧しさゆえの苦しみ、夫に先立たれた悲しみ、人から見下されて辛かったこと、恨んでいることなど・・・
息子さん達が仲が良く、優しい素直な方たちなのでそれが何よりも幸いであったと思う。

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